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福岡地方裁判所 平成8年(ワ)1293号 判決 1999年3月29日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

津崎徹一

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

氏家純一

右訴訟代理人弁護士

丸山隆寛

主文

一  被告は原告に対し、二八一六万四九四九円及びこれに対する平成八年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の請求の趣旨第一項にかかるその余の請求を棄却する。

三  原告の請求の趣旨第二項にかかる主位的請求を棄却する。

四  被告は原告に対し、別紙有価証券目録記載の株券と同種・同数の株券を引き渡せ。

五  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

六  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は原告に対し、四六七七万二二四九円及びこれに対する平成八年五月一四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二1  (主位的請求)

被告は原告に対し、五九五万二〇〇〇円及びこれに対する平成八年五月一四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  (予備的請求)

被告は原告に対し、別紙有価証券目録記載の株券と同種・同数の株券を引き渡せ。

第二  事案の概要

本件は、原告が、証券会社である被告と株式取引等を行った際に、被告によって手数料稼ぎを目的とする過当取引に誘致されたなどとして、債務不履行又は不法行為に基づいて、右取引によって被った損害の賠償などを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告は、昭和二年七月一九日生まれで、かつて県立高校教師をしていたが、昭和六三年三月に退職し、その後は主として年金で生計を立てているものである。

(二) 被告は、証券取引の問屋業を営む株式会社である。

((一)のうち、原告の生年月日及び原告がかつて高校教師をしていたこと、(二)は争いがなく、その余は、甲四五八)

2  原被告間の証券等の取引

(一) 原告は、被告福岡支店の担当従業員である乙山俊(以下「乙山」という。)から勧誘を受けて、平成四年一二月、被告福岡支店と株式等の現物取引を始め、平成五年三月からは、被告福岡支店と株式等の信用取引を始め、平成七年五月一六日まで、乙山を通じて原告名義の売買委託を行った。

(二) 原告は、その後平成七年七月、被告福岡支店の乙山の後任の担当従業員である丙田健之(以下「丙田」という。)を通じて、被告福岡支店と株式等の現物取引を始め、平成八年一月頃まで原告名義の売買委託を行った。

(三) 原告の被告福岡支店における株式等の取引の内容は、別表1「売買取引計算書(現物取引)」及び別表2「売買取引計算書(信用取引)」記載のとおりである(但し、後記のとおり、一部無断売買の主張がある。)。

((一)は争いがなく、(二)は乙四四、(三)は弁論の全趣旨)

二  争点

1  本件取引の違法性

(一) 原告の主張

(1) 乙山の違法行為

① 信用取引の違法勧誘、適合性原則違反

ア 信用取引は、顧客が一定の保証金を積んで証券会社から資金や株式を借りて売買するものであるが、次のような危険性がある。

すなわち、委託保証金という売買資金の約三割位で大きな取引ができることから、利益を得る時も大きいが損をする時も大きいこと、借りた資金や株の決済期限があることから、現物のように長期保有とか資産株としての保有ということができないものであること、委託保証金が不足するといわゆる追い証(追加委託保証金)がかかるという投機性の高いものであること(投資家が提起したワラント被害訴訟の中で被告となったどの証券会社もワラントの危険性より株の信用取引の危険性の方が高いことを強調し、信用取引の危険性と投機性を自認している。)などである。

このように、信用取引は、リスクが大きく、難しい、典型的なハイリスクの取引であるから、投資経験・知識が豊富で資金が潤沢にある顧客がこの取引を十分に理解して自ら希望する場合にのみ開始すべきある。

イ ところで、原告は、本件取引当時、定年退職して年金生活をしており、投資経験自体は長いものの、これまで専ら現物取引のみを行い、信用取引の実質的経験がない堅実な投資家であり、しかも損切りを嫌がり、速断、速決、大胆な判断が不得手なタイプであったものである。

ウ したがって、乙山が原告を勧誘して信用取引を始めさせた行為は、適合性の原則(証券取引法五四条一項一号等の法規制)に違反し、違法である。

② 信用取引の説明義務違反

信用取引は、前記のとおりリスクの大きい取引であるから、被告としては、原告にその危険性や取引の仕組みについて十分説明して理解させたうえで、原告がなお希望する場合に取引を開始すべきであったところ、乙山は、リスクについて十分な説明をせず、六か月の処分期限があることや追い証、日歩等の説明もしないで、自分の保有株リストを原告に示して、「原告にだけは損をさせません。」などと甘言を弄して、原告に信用取引を開始させたものであるから、説明義務違反の違法がある。

③ 信用取引の違法な継続勧誘

原告は、信用取引を開始してから、少なくとも三回(平成五年五月頃、同年一一月頃及び平成七年二月頃)、乙山に対して信用取引の中止を申し入れているにもかかわらず、乙山は、このような申し入れを無視してその後も信用取引の勧誘を継続しており、顧客の意向を無視した違法な勧誘である。

④ 利益保証ないし断定的判断の提供、不合理な推奨

乙山は、原告との取引中、常に、被告の威光を盾に、「わが社が、調査部が。」などと、いかにも大証券会社の情報は信頼できるような口ぶりを用い、「大丈夫です。必ず上がります。」などと繰り返し、かつ顧客に交付してはならない被告の内部資料を手渡すなどして、値上がり確実である旨説明し、利益保証とも評価できる断定的な判断を提供した。

とりわけ、乙山による次の銘柄の株式の勧誘に関しては、違法な断定的判断の提供であることは明らかである。

ア 全教研

もともと乙山が原告に無断で買い付けたものであるが、原告が抗議すると、乙山は、「明日上場です。」「わが社が主幹事で一一月には取引銀行三行が買いにくることが決まっているので、必ず上がります。大丈夫です。」などと断定的判断を提供して、原告に無断売買の事後承諾を強いた。

イ ニコニコ堂

乙山は、「全教研の損を取り戻す。同じ業種の鹿児島のタイヨーが好調なので、これは大丈夫です。ニコニコ堂も商品の納品業者が沢山あり、納品業者で作るニコニコ会のメンバーが近く買いに来ることになっており、株が不足するので、必ず上がる。」などと申し向け、断定的判断を提供して被告熊本支店が主幹事の大量推奨銘柄であるニコニコ堂の株式の買付けを承諾させ、その後も追加買い付けさせた。

ウ 不動建設及び五洋建設

原告は、右株式の買付けに反対したが、これに対し、乙山は、「神戸の震災で、建設株は上がる。特に、不動建設には、地盤を固める特別の技術があり、上がるのは確実、逆日歩がついたので急反騰の兆し(過去、福助足袋株に逆日歩がついて急反騰したことがあり。)五洋建設も大丈夫です。」旨申し向けて、断定的判断を提供した。

なお、不動建設株は、当時、株価の乱高下が激しく、仕手筋が介入していると噂されていたもので、そもそもそのような仕手株を勧誘すること自体許されない(証券会社の健全性の準則等に関する省令(以下「健全性省令」という。)二条三項)。

⑤ 無断売買ないし事後承諾の押付け

次の売買は、原告の事前、事後の承諾がないことが明白であり、違法である。なお、次の売買については、原告は回答書により異議なく承諾したことになっているが、原告は乙山から「自分で記録して報告する」などと言われたため、回答書の内容をチェックしておらず、また虚偽の内容の乙山作成の報告書の交付を受けていたのであるから、無断売買を追認したことにはならない。

ア 台湾旅行中(平成五年四月二五日出国、同年五月一日帰国)の古河電工株式の平成五年四月二八日の信用取引による売付け

イ 中国、パキスタン旅行中(平成五年九月一七日出国、同年一〇月一日帰国)の持田製薬株式(平成五年九月二〇日の現物取引による売付け)、MrMax株式(平成五年九月二〇日の現物取引による売付け)、ミドリ十字株式(平成五年九月二〇日の現物取引による売付け)、三洋信販株式(平成五年九月二一日の現物取引による買付け)、大明株式(平成五年九月二四日の現物取引による買付け)、日立ソフトエンジニアリング株式(平成五年九月二七日の現物取引による買付け)

ウ 乙山作成の報告書(甲第四六〇号証)に記載のない投資信託(「アセアン投資」、「ワールドフロンティア」、「アジアオープン」、「香港投資」)の売買と右投資信託購入のための売却処分、あるいは右投資信託を売却して購入した銘柄(三菱石油(平成五年一二月二二日の現物取引による売付け)、コリアエクイティ(平成五年一二月二四日売付け)、日本投資(平成五年一二月二九日売付け)、極東オセアニア(平成五年一二月二九日売付け)、CSK(平成五年一二月二九日売付け)、王将フードサービス(平成六年二月二三日売付け)及びアセアン投資、香港投資からスイッチングしたマネープール(平成六年三月三日付買付け))

エ 原告が買付けに反対していた全教研株(平成六年八月一六日、同月二三日買付け)及びその買付けのために関連して売買された銘柄(三井物産(平成六年八月二三日売付け)、クボタ(平成六年八月二三日の買付け、同年九月二日の売付け))

⑥ 取引の損益状況等についての虚偽の報告

乙山は、平成六年九月頃、原告に対し、平成六年一月頃から同年九月頃までの間の現物、信用取引の損益の状況について書面(甲第四六〇号証)で報告したが、右報告書の内容は、実際には約一七〇万円の損失が出ていたにもかかわらず、約五二〇万円の利益が出ているように記載されている虚偽のものである。

また、乙山は、平成七年二月二二日頃、原告に対し、取引開始後これまでの投資額やこれまでの損益の状況及び現在の預り資産の状況等について書面(甲第四五九号証)で報告したが、右報告書の内容は、実際には約一五〇〇万円の損失が出ていたにもかかわらず、約七一〇万円の利益が出ているように記載されている虚偽のものである。

右は、証券取引法五〇条一項六号、一五七条二項、健全性省令二条一項に違反するのみならず、詐欺行為に該当し、違法行為にあたる。

⑦ 過当取引(チャーニング)

ア チャーニングとは、証券会社が証券取引について支配を及ぼし、顧客の信頼を濫用して、手数料稼ぎ等の自己の利益を図るために、当該口座の性格に照らして金額・回数において過当な取引を実行することを言い、米国法上、一九三四年証券取引法一〇条b項・証券取引委員会規則一〇条b項五号に抵触する詐欺的行為として、民事・行政上の制裁の対象となる違法行為とされている。

我が国においても、証券会社は善管注意義務を負っているから、これに違反し、事実上の売買一任勘定取引により過度な数量・頻度の売買取引を行って顧客に損害を与えた場合は、債務不履行ないし不法行為にあたる。

その要件としては、Ⅰ当該取引の数量と頻度が顧客の投資知識・経験や投資目的意向あるいは資金の量と性格に照らして過当であること(過当性の要件)、Ⅱ証券会社等が一連の取引を主導していたこと(コントロ―ル性あるいは口座支配の要件)、Ⅲ証券会社等が当該顧客の信頼を濫用して自己の利益を図ったこと(悪意性あるいは故意・重過失要件)の三要件の該当により認められる。

イ 本件委託は、Ⅰ平成四年一二月から平成七年五月までの三〇か月間にわたり、その対象銘柄・市場は極めて多種多様であり、かつ売買金額にして総合計で約一一億六五〇〇万円余という多額、売買回数は四三二回(一年間あたり約一七三回、一か月あたり約一四回、一週間あたり約三回)という頻回であること、Ⅱ保有期間が一〇日未満の取引が全件の約二三パーセント、三〇日未満の取引が全件の約五四パーセント、六か月未満の取引が全件の約八九パーセントであって、極めて短期間しか保有していない取引が圧倒的多数であること、Ⅲ投資資金が何回転したかという指標である資金回転率は年約8.8回であること(米国では、年六回を越えれば違法の極めて有力な認定要素とされている。)、Ⅳ被告福岡支店が得た手数料は、合計約一五〇〇万円(現物取引分約五〇〇万円、信用取引分約一〇〇〇万円)であって、原告の損失約四五〇〇万円の約三〇パーセント、原告の投資額(投資残高の月平均)約五二〇〇万円の約二八パーセントにのぼること(米国では、手数料率が二五パーセントに近づくと過当と認定される傾向にある。)、Ⅴ頻繁に短期間での乗換売買が行われる等不合理な乗換え、仕手株の勧誘、大量推奨売買等が見られることから、過当性の要件を満たしている。

ウ 本件委託は、Ⅰ本件委託の全取引中、原告の発意に基づくのは、アイエックス株式と菊水電子工業株式の買付けだけであり、それ以外は乙山の勧誘に基づくこと、Ⅱ次の買付けにいかなる銘柄をいくら売却して買付財源に充てるか、財源不足につき、顧客に現金を送金させるか、預り金又は委託保証金を取り崩してこれに充てるか、何をいくらの単価でどれくらい売るか等の重要判断決定はすべて乙山が行っていること、Ⅲ無断売買や事後承諾の押付けがかなり含まれていることなどから、コントロール性あるいは口座支配の要件を満たしている。

エ 過当性の要件及び口座支配の要件を満たせば、取引の悪意性の要件も満たすことになり、取引の悪意性の要件は、実質的には不要と解するべきであるが、仮に必要であるとしても、前記の数々の違法取引の態様からして乙山に原告に損害を加える意思があったことは明らかである。

⑧ まとめ

乙山の投資勧誘は、過当売買の違法性を中核とし、数々の違法行為が随伴するものであり、一連の行為が全体として、債務不履行ないし不法行為として評価されるべきである。

(2) 丙田の違法行為(無断売買)

平成八年一月八日付の三井松島工業株式の売付けとベンチャーリンク株式の買付けは、原告が同日、原告訴訟代理人から、今後被告との取引を止めることが事件受任の条件である旨言われたことから、被告との取引中止を決心し、本件の事件解決を原告訴訟代理人に依頼した後にされたものであるから、無断売買であることは明らかである。

なお、この場合、原告には、本訴提起時の三井松島工業株式の価格(終値)相当の損害を被ったものと考えるべきであるが、仮に原告に損害が認められない場合は、原告としては、被告に預託していた三井松島工業株式一万二〇〇〇株と同種・同数の株券の返還を求める。

(3) 違法な不当抗争による不法行為

不動建設株の株価が暴落して追い証が必要になった際、乙山は全く他人任せで電話による十分な対応もしなかったこと、平成七年三月二三日に原告宅で添田一人課長(以下「添田課長」という。)と乙山が原告と面談した際、添田課長は、原告が転換社債や公募株等を回してくれるか打診したにすぎないのに、これを損失補填の要求と決めつけたこと、添田課長が平成七年四月一〇日に連絡なしに原告宅を訪問して、すごい剣幕で「あんた乙山宅に行ったでしょう。止めて下さいよ。文書で回答を求めるのは脅迫だ。教師何十年もしていてこんなこともわからんのか。あんた裁判をしても負ける。支店長に手紙とあるが、私の立場はどうなる。」などとまるで原告を犯罪者扱いするような暴言を吐いて原告を威嚇したこと、添田課長が、乙山から大丈夫と言われて勧誘されたと言う原告に対し、「駄目ですと言ったら客は買わない。」などと開き直り、乙山から「逆日歩がついたので急反騰の兆し」と言われて不動建設株を強引に勧誘されたと言う原告に対し、「逆日歩に買いなしだ。」などと嘲笑する言動をとったこと、浜田慎一次長(以下「浜田次長」という。)が、表面的には原告の言い分に耳を傾けているかの態度を示しながら、のらりくらりと原告の言い分をかわしたこと、被告が乙山を営業から外して中国に留学させたこと、被告が原告申立てにかかる日本証券業協会の苦情処理相談室からの仲介を拒否したことなど、被告の一連の対応(とりわけ添田課長の原告宅における暴言)は、違法な不当抗争として独立した不法行為と評価されるものである。

これにより、原告は、精神的に打撃を受けて傷つき、家庭不和の危機にも晒されたものであるから、被告は原告に対して慰謝料を支払う義務がある。

(二) 被告の主張

(1) 乙山の違法行為について

① 信用取引の違法勧誘、適合性原則違反について

原告は、宮崎大学工学部を卒業した後、高等学校や自衛隊などで物理、数学などを講じており、一般社会人以上の知識能力・判断能力を有しているものと認められるうえ、昭和二九年頃から日興証券北九州支店で証券取引を始め、昭和五一年からは日興証券福岡支店で株式取引をするなど長期間にわたる取引の経験があり、平成四年八月からは勧角証券福岡支店において信用取引を行い、また、平成四年一二月に被告福岡支店と取引を再開した後も、他の証券会社とも取引を行っており、さらに証券取引、特に株式取引に興味を持っており、日本経済新聞や会社四季報その余の資料を読み、新聞等で保有証券の値動きを見ていたのであるから、被告における信用取引開始基準に合致しているほか、乙山だけでなく、被告福岡支店の上司の面談を経たうえで、信用取引についての適合性が認められたものである。

② 信用取引の説明義務違反について

もともと、被告には信用取引の仕組みや危険性について顧客に説明すべき法律上の義務はない。

仮に、説明義務があるとしても、乙山は、原告に対して信用取引について繰り返し説明をしたばかりでなく、その上司である清田課長や山田主任、さらには黒川営業次席も説明しているのであるから、説明義務を十分尽くしている。

③ 利益保証ないし断定的判断の提供、不合理な推奨について

乙山は、原告の担当者として、原告に買付けを勧誘しようとする銘柄や原告が保有中の銘柄について、自ら積極的に、あるいは原告からの質問に答えて、それらの銘柄の将来の見通しについて自分の意見(相場観)を述べたことはあるが、これはあくまで、原告と乙山の双方において、およそ株式等の将来の値動きを客観的に予測することはできないことを当然の前提として了解し合ったうえで、乙山の個人的な意見を具申したにすぎない。

また、原告は、長い期間にわたる証券取引の経験を有していること、新聞を読むなどして自らの相場観を持っていたこと、被告における取引と並行して他の証券会社でも取引を行っており、そこからアドバイスを受けることもできたこと、一方、乙山は、新入社員であり、そのことを原告も知っていたこと、かつて乙山が勧めた銘柄の取引により損失となったものがあったことなどに照らして、右のような乙山の意見につき、原告において、これを断定的判断が提供されたものと認識することはありえない。

④ 無断売買ないし事後承諾の押付けについて

原告が被告において証券取引の注文をし、取引が成立した場合においては、まず担当者から原告に電話で「出来通知」がされるが、口頭による通知だけでなく、被告から各取引ごとの「取引報告書」や「月次報告書」が原告宛に自動的に発送され、取引成立後、それに伴う金銭の清算等が原告と被告の間で行われることになっている。

「取引報告書」は、約定日の翌営業日に、被告から原告に対して自動的に発送されるのであるが、原告はこれを受領し、読んでいたことを認めており、これに対し、原告において無断売買であるとのクレームを言った形跡はない。

「月次報告書」は、被告から原告に対し毎月一回以上、自動的に送付されるが、「月次報告書」には、前回の報告書から当該報告書までの間の原告の取引の明細及び有価証券・金銭の残高が記載されているので、仮に、乙山が原告に無断で売買をした場合には、その後に送付される月次報告書に記載された取引明細を見ることにより、あるいは右報告書に記載された有価証券の残高と前回の報告書に記載された残高とを比較することにより、無断売買がされたことを容易に発見できるシステムになっていたところ、原告は、「月次報告書」の内容を確認したうえで、これらに対して異議を述べることなく、回答書を作成して被告に返送している。

現物取引の場合、約定日から(同日を含めて)四営業日までに売買代金の精算が行われ、また信用取引の場合、保証金の差入れを必要とする原因が生じた日(約定日など)の翌営業日までに保証金を差し入れる必要があるが、原告の場合、これらの金銭の授受もスムーズに行われている。

なお、原告が乙山の担当にかかる取引に関して無断売買の主張をしたのは、平成六年八月一六日と同月二三日に買い付けた全教研株式について、平成七年三月一九日に言い出したのが最初であり、また本件訴訟になるまでは右全教研株式以外で無断売買という主張をしたことはなかった。

以上からすれば、原告が行ったすべての取引は、いずれも原告から、事前に個別的な買付注文または売付注文を受けて、乙山においてこれを執行したものであって、原告に無断でされたものは全くないことは明らかである。

⑤ 取引の損益状況等についての虚偽の報告について

乙山が平成六年夏頃に渡した計算書(甲四六〇)については、原告がある特定の期間における売買について、銘柄と損益について記載した書面を要求したのに対し、当初乙山は断ったものの、大切な顧客である原告の要求を断りきれず、それが非公式なものであり、内容に間違いがありうることについて念を押しながら、原告に渡したものである。

また、乙山が平成七年二月二一日頃に渡した計算書(甲四五九)についても、原告が当初の投資金額と今後の目標を記載した書面を要求したのに対し、乙山はこれを断りきれず、非公式なものであるとして渡したものである。

右各計算書は、必ずしも正確なものではないが、右のような経過に照らし、これをもって「虚偽報告」ということはできないし、原告は几帳面な性格であり、自らの取引についてはメモをしていたため、右各計算書に間違いがあることは容易で発見しえたと考えられるから、原告において右各計算書をもらったことが新たな取引をする動機となったという関係にはない。

⑥ 過当取引について

いわゆる資金回転率が一定の割合を越えた場合、過当売買として違法な取引となるという規制は我が国にはないし、回転率は、顧客の投資方針や相場の状況などによって異なり、ことに信用取引が行われた場合は、決済期限が決められ、かつ、自己資金の投入が行われない関係で、現物取引に比べて大きくなる傾向があり、さらに、原告は、自己資金を投入せずにすむ信用取引を多用して、大きな利益の獲得を図ろうとしたのであるから、回転率の高さを云々すること自体が不当である。

原告は、長い証券取引のキャリアを持っており、一方、乙山は新入社員であったのであるから、顧客と証券会社社員という力関係もあり、乙山が原告の口座を支配できるような状況にはなく、現に、原告から信用取引を見合わせたいとの意向が出された時には、現実に信用取引が中断されている。

また、原告は、証券取引には売買代金の額に応じて一定割合の手数料を被告に支払わなければならないことはよくわかっており、そのことを前提にして取引をしたり、損益計算をしていたのである。

以上からすれば、本件取引が過当売買として違法となることはない。

(2) 丙田の違法行為(無断売買)について

ベンチャーリンク株式の買付け及び三井松島産業株式の売却は、いずれも原告の委託によるものであって、原告は、委託後、丙田からベンチャーリンクの下方修正の説明を聞いたことから、前言を翻して委託の事実を否定しているにすぎない。

(3) 違法な不当抗争による不法行為について

添田課長が平成七年四月一〇日に原告宅を訪問した目的は、原告が同年三月一九日(日曜日)に乙山の自宅に行き、乙山に対し、証券取引法で禁止されている損失補填を求め、また、脅迫的言辞を弄して乙山を畏怖させたこと、その後、同年三月二三日に乙山と二人で原告宅を訪問し、原告に損失補填が右のとおり禁止されていることや乙山に脅迫めいたことを言うのは止めて欲しい旨述べたにもかかわらず、原告が同年四月三日付と同月八日付の手紙でさらに損失補填を求めて来ていることを知り、原告に対し、あらためて損失補填ができないことを確認するためであって、その際の言動も、同月二三日に乙山と二人で訪問したときと同様、事柄の性質上、直載的な言い方をしたことはあっても、平穏で紳士的なものであり、原告主張のような粗野で手荒なものではなかった。

したがって、添田課長の発言等が不法行為になることはない。

2  被告の責任(原告の主張)

(一) 債務不履行責任

被告は、原告に対し、本件取引に際し、右1(一)(1)記載の各義務を負っていたのに、被告の履行補助者である乙山は、これらの義務を懈怠し、違法な取引を行ったものであるから、債務不履行に基づき(民法四一五条)、原告が被った損害を賠償する責任がある。

被告は、原告に対し、本件取引に際し、原告に無断で売買してはならない義務を負っていたのに、被告の履行補助者である丙田は、右義務に違反し、原告に無断でベンチャーリンク株式を買い付け、三井松島産業株式を売り付けたものであるから、同様に債務不履行に基づき、原告が被った損害を賠償する責任がある。

(二) 不法行為責任

乙山は、本件取引に際し、右1(一)(1)記載の違法行為を行ったものであるから、民法七〇九条に基づき、原告が被った損害を賠償する責任がある。

丙田は、本件取引に際し、原告に無断でベンチャーリンク株式を買い付け、三井松島産業株を売り付けたものであるから、同様に民法七〇九条に基づき、原告が被った損害を賠償する責任がある。

添田課長らは、右1(一)(3)記載のとおり、不当抗争をしたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告が被った損害を賠償する責任がある。

被告は、乙山、丙田、添田課長らの使用者であり、右不法行為は、被告の事業の執行についてされたものであるから、原告に対し、民法七一五条に基づき、その損害を賠償する責任がある。

(三) 株券の返還責任(予備的請求)

丙田の無断売買に関して損害賠償請求が認められない場合、被告は、原告が預託していた三井松島産業株式一万二〇〇〇株について、原告に対し、これと同種・同数の株券の返還責任がある。

3  原告の損害(原告の主張)

(一) 乙山の違法行為による損害四四二七万二二四九円

(二) 丙田の違法行為による損害五九五万二〇〇〇円(無断売買がなければ、本訴提起日(平成八年四月二六日)に三井松島工業株式を売却することが可能であったものであるから、三井松島工業株式の同日の終値四九六円を基準に一万二〇〇〇株分)

(三) 不当抗争による慰謝料

五〇万円

(四) 弁護士費用

二〇〇万円

第三  当裁判所の判断

一  前提事実

前記争いのない事実等及び証拠(甲二ないし四六五、四六六の一ないし三、四六七ないし四七五、四八七、四八九、四九二、乙一、二の一・二、四ないし七、八の一・二、九、一〇、一一の一ないし三、一二、一三の一ないし五五、一四、一六、一七、一八の一ないし二六、一九ないし三四、三五の一ないし五、三六ないし四〇、四一の一・二、四二ないし五〇、五一の一・二、五二、五三、五四の一・二、五五ないし五七、五八の一ないし五五、証人乙山俊、同浜田慎一、同添田一人、同丙田健之、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和二年七月一九日生まれで、宮崎大学工学部を卒業後、昭和六三年まで福岡県立高校の主として理科の教師を勤めていたが、同年に退職後は、退職金と年金を主な生活の糧としながら、私立高校や自衛隊の非常勤講師に従事してきたものである。

原告は、県立高校に勤務を始めた昭和二九年頃、日興證券北九州支店において投資信託を中心とする証券取引を開始し、昭和五一年からは日興證券福岡支店において株式などの証券取引を行うようになり、以後も山一證券福岡支店、大和證券福岡支店、国際証券福岡支店、丸三証券福岡支店、被告福岡支店、日の出証券福岡支店、三洋証券福岡支店、勧角證券福岡支店等において、証券等の取引を行うようになったが、今回の被告福岡支店との取引開始前の取引内容は、投資信託、転換社債や株価の安定した大企業の株式などが中心で、取引金額もさほど大きくなく、預貯金の延長といった感覚で、株式等の売買を行っていた。なお、原告は、平成四年八、九月頃、勧角證券福岡支店において、株式の信用取引を経験しているが、担当者の説明が不十分であったこともあって原告としては信用取引としての自覚に乏しく、利益が出ていたにもかかわらず、わずか数回で終了している。また、原告は、乙山を通じて、被告福岡支店と取引を開始するようになってからも、勧角證券ほか数社と取引を継続していた。

2  乙山は、明治大学を卒業後、平成四年四月に被告に入社し、福岡支店営業一課で勤務していたものである。なお、乙山は、大学在学中、証券研究会に所属していた。

乙山は、同年一二月二二日、丸藤シートパイルの単位未満株を保有している株主のリストを見て、同株を買い増して単位株にまとめることの勧誘を電話でしていたところ、その時電話をした株主の中に原告がおり、同日、原告宅を訪問し、原告に「証券取引申し込書兼保護預り口座設定申込書」(乙四)を作成してもらい、被告福岡支店に証券取引口座を開設してもらった。

3  原告は、平成四年一二月二八日(別表1の1)、現物で日本発條株式二〇〇〇株を買い付けたのを最初として、被告福岡支店で、乙山の勧誘により、株式取引を開始した。

原告は、その後平成七年五月一六日まで、乙山を通じて被告福岡支店と株式等の現物取引を行ったが、その経過は、別表1「売買取引計算書(現物取引)」記載のとおりである。

4  原告は、平成五年一月二八日、それまで他の証券会社に預けていた持田製薬株式(別表1の7)、マルキョウ株式(別表1の12)、小野薬品工業株式(別表1の50)、中央電気工業株式(同51)、セガ・エンタープライゼス株式(同52)、NTT株式(別表1の53)、西本産業株式(別表1の54)の七銘柄の株券(約二〇〇〇万円)を被告福岡支店に預け入れた。

5  乙山は、この頃から、原告と電話や面談(訪問・来店)で頻繁に連絡を取り合うようになり、原告の取引や預り資産も増えてきた。

なお、取引のうち、アイエックス株式(別表1の88)と菊水電子工業株式(別表1の152)については、原告が積極的に乙山に指示して売買したものであるが、それ以外の銘柄の選択や処分時期、数量等の決定などはほとんどすべて乙山の勧誘に基づくものである。(乙山は、原告が独自の相場観を有していたとか、勧誘する場合は、複数の銘柄を示して原告に選択してもらったとか、原告は詳細に取引経過をメモしていたとか証言しているが、いずれも反対趣旨の原告本人の供述に照らし信用できない。)

6  乙山は、原告の預り資産が社内の信用取引の規定を越えるようになったため、信用取引を勧誘することとし、平成五年三月上旬頃、合計四回にわたり、単独あるいは上司と共に、原告に信用取引を勧めたところ、原告は二回目までは信用取引を始めることに消極的態度を示していたものの、乙山がさらに積極的に勧誘した結果、最終的には、信用取引を開始することを承諾した。

原告は、平成五年三月一九日、被告福岡支店を訪問し、その場で、「信用取引口座設定約諾書」(乙五)及び「信用取引に関する確認書」(乙六)を作成して被告に差し入れ、信用取引口座が開設された。右確認書には、大きな不動文字で、「私は、貴社から受領した日本証券業協会・証券取引所の『説明書』、および『信用取引口座設定約諾書』・『信用取引のしおり』の内容を確認し、私の判断と責任において信用取引を行います」との記載がある。

原告は、遅くとも、同日までに、「信用取引説明書」(乙五六と同種のもの。その末尾に信用取引口座設定約諾書の用紙が綴られている。)と「信用取引のしおり」(乙五七と同種のもの)を受領した。右各資料には、信用取引の仕組み、ルール、危険性などにつきその骨子のみがわかりやすく記載されている。なお、信用取引開始に際し、被告福岡支店において、原告の預り資産額以外に、積極的に適性を審査した形跡は窺えない。また、乙山等が原告に行った説明の内容も一般的な利点を強調するものにとどまっていたため、決済期限が三か月又は六か月とすること、利息がかかること、当たれば大きく利益が出るが、保証金を超えて損が発生するリスクもあること等については原告はあまりよく認識していなかった。

7  株式の信用取引は、証券会社が顧客に信用を供与して株式の売買を行う取引である。信用取引においては、三か月ないし六か月の期間で反対売買により決済しなければならない。このため、現物売買ならば、買った株式の値が下がれば値上がりするまで持っていることができるが、信用取引においては、損を覚悟で反対売買しなければならない。あるいは、不足分の金額を払ってこれを現物株に替えることもでき、これを現引きという。現引きをするには金銭の支払が必要だが、値下がり分全額を損にしないことができるという利点がある。

売買は、証券会社に一定額の保証金(約定価格の三〇パーセント以上等)を差し入れるが、現金の代わりに有価証券で代用することもでき、これを保証金代用有価証券という。約定価格に満たない部分は融資を受けているわけであるから、この分の利息が発生する。また、損失が発生し、保証金残高が一定の割合(保証金維持率。約定価格の二〇パーセント等)を下回ることになった場合は、追加保証金(追い証)を差し入れなければならない。このように信用取引は取引額からすれば僅かな金額で大きく取引をすることができる点、実際に株式を持っていなくても売買ができる点が大きな特徴であるため、利益を得る時も大きいが、反面失敗をすると手持資金以上に損が発生する特質がある。売買が頻繁になると、証券会社に多額の手数料を支払う必要が生じ、証券会社にとっては、この手数料収入が大きな収入源となっている。全体として、ハイリスク・ハイリターンの取引であるということができる。

8  原告は、平成五年三月二三日、伊藤忠株式一〇万株を信用で買い付けたのを最初として、乙山の勧誘により、被告福岡支店と信用取引を開始した。

原告は、その後平成七年五月一六日まで、乙山を通じて被告福岡支店と株式等の信用取引を行ったが、その経過は、別表2「売買取引計算書(信用取引)」記載のとおりである。

9  被告は、原告との個別の取引が成立した場合、それから間もない時期にその取引内容が記載された「取引報告書」を原告に郵送している。さらに、原告との平成五年三月一九日付覚書(乙一二)に基づき、同年四月以降、毎月一ないし二回、その間の売り・買い(数量、代金を含めて)、信用・現物の別など取引の明細及びそのときに被告において預かっている預り証券、預り金額などの明細が記載された「月次報告書」(乙四六と同一形式のもの)も原告に郵送している。ところで、右月次報告書には、それと同じ内容(取引明細、預り金など)が記載された「回答書」が同封されているところ、それの送付を受けた顧客は、月次報告書の記載内容を確認したうえで、それに相違がなければ、回答書に署名捺印して、被告に返送することになっている。

原告は、右書類をすべて受領し(原告は、平成五年四月二五日から同年五月一日まで台湾旅行、同年九月一七日から同年一〇月一日までは中国・パキスタン旅行のため、日本国内にいなかったが、その間にされた売買取引に関する書類を含む。)、乙山との全取引につき何らの異議を述べることもなく、右回答書に署名捺印して、被告に返送している。

10  原告は、平成五年五月一一日、乙山の勧めで、横浜ゴム株式一万株を信用で買い付けた(別表2の11及び12)が、値下がりしたため、信用取引は中止したいと申し出たものの、約四〇日後の同年六月二一日(別表2の13及び14)には、再び乙山の勧めで、信用で野村證券株式を一万株買い付け、信用取引を再開した。(乙山は、原告が信用取引の再開を促した旨証言しているが、原告が再びそのように信用取引に積極的になる根拠に乏しく、反対趣旨の原告本人の供述に照らして、俄に信用できない。)

原告は、同年一一月二九日、信用で買い付けていた東海銀行株式一万株を売り付け(別表2の27)、四二三万四〇二六円の損失が発生し、信用取引は中止したいと申し出た。(乙山は、右売却につき、原告に対し、午前九時前とその後の二回にわたり、相場が下げ足を早めていることを連絡し、あわせて自分としては、少しの間売却を保留すべきと思って売却の意思を慎重に確認したところ、一刻も早く売るように指示された旨証言しているが、証拠(甲四六八、四六九)によれば、原告は前日の日曜日から小倉旅行中であったことが認められるから、自ら積極的に相場の状況を把握して乙山に指示を与えるとは考え難く、右証言も反対趣旨の原告本人の供述に照らして信用できない。)

11  原告は、平成五年一二月頃、乙山の結婚祝いとして、電子レンジを送った。

12  原告は、平成六年四月一四日、再び乙山の勧めで、アルプス電気の株式一万株を信用で買い付け(別表2の37)、約四か月ぶりに信用取引を再開した(それまでの間も、別表1記載のとおり、現物取引は続いていた。)。(乙山は、この際も、原告が信用取引の再開を促したと証言しているが、前記と同様信用できない。また、乙山は、今後は銘柄数と買付金額を絞るよう提案した旨証言するが、そもそもすべての取引につき乙山が主導しているのであるから、このような基準を設定する必要性に乏しく、反対趣旨の原告本人の供述に照らして信用できない。)

13  原告は、平成六年八月一六日(別表1の136)及び同月二三日(別表1の138)、乙山の勧誘により、現物で、全教研の株式合計六〇〇〇株を買い付けている。

全教研の株式については、被告が主幹事会社であったところ、乙山は、勧誘の際、買付けに消極的な態度を示す原告に対し、「明日上場です。『雪国まいたけ』という会社も上場して大変良い成績でした。同社と同様、ニコニコ堂もわが社が主幹事会社で、一一月には取引銀行三行が買いにくることが決まっているので、必ず上がります。大丈夫です。」などと述べた。

14  乙山は、平成六年九月頃、原告の要求により、平成六年一月頃から同年九月頃までの間の現物・信用取引の銘柄と損益について、手書きの報告書(甲四六〇)を作成し、原告に渡した。右報告書には、約五二〇万円の利益が出ている旨の記載があるが、実際には約一七〇万円の損失が生じていた。なお、乙山は、右の際、原告に対し、正式の売買取引計算書申請の手続を説明した形跡はない。

15  原告は、平成六年一二月二八日(別表1の142)、同月三〇日(別表1の143)、平成七年一月一八日(別表1の146)、同月二〇日(別表1の148)、同月二四日(別表1の149)及び同月三〇日(別表1の150)、乙山の勧誘により、現物で、ニコニコ堂の株式合計六〇〇〇株を買い付けている。

ニコニコ堂の株式については、被告熊本支店が主幹事会社であったところ、乙山は、勧誘の際、原告に対し、「全教研株の損を取り戻します。同じ業種の鹿児島のスーパー『タイヨー』が好調なので大丈夫です。ニコニコ堂も商品の納品業者が沢山あり、納品業者で作るニコニコ会がニコニコ堂の株を持つことを決議しました。ニコニコ会のメンバーが近く買うことになっており、株が不足するので、必ず上がります。」などと述べた。

16  原告は、平成七年二月二日(別表2の69)、同月三日(別表2の74及び76)及び同月一三日(別表2の75)、乙山の勧めで、不動建設株式合計一万九〇〇〇株を信用で買い付けたが、同月一三日の分が信用取引の建玉としては最後のものとなった。なお、当時、不動建設株式の株価の変動は激しく、株式関係の文献では、「仕手株」であると指摘する向きもある(当時の最高値が一四七〇円、最安値が五一〇円)。乙山は、勧誘の際、原告に対し、「神戸の震災で建設株は上がります。特に、不動建設は地盤を固める特別の技術を持っているので、上がるのは確実です。逆日歩(信用取引で、個別銘柄の売買の取組みが、買いよりも、売りが上回って、証券金融会社の段階で株不足となり、その株を調達する際に支払う品借り料)がついたので反騰の兆しがあります。」などと述べた。

17  原告は、平成七年三月一〇日、菊水電子工業株式を現物で買い付けた(別表1の152)が、これが乙山の担当した最後の買付けとなった。

18  乙山は、平成七年二月二一日頃、原告の要求より、取引開始からそれまでに投資した額(預託株券や現金の明細)やこれまでの損益の状況及び現在の預り資産の状況等について、被告福岡支店内で、会社資料等も参考にして手書きの報告書(甲四五九)を作成し、原告に渡した。右報告書には、七一〇万円の利益が出ている旨の記載があるが、実際には、約一四〇〇万円の損失が生じているなど、事実に反する記載が数多く見られる。なお、乙山は、右の際にも、原告に対し、正式の売買取引計算書の申請手続を説明した形跡はない。

19  乙山は、平成七年三月一三日から同月一七日まで、リフレッシュ休暇を取っていたところ、その間に、原告が信用で買い付けていた不動建設株式が大幅に値下がりし、同月一五日、原告に追加保証金の支払義務が発生したので、乙山に代わって中村課長代理が原告に連絡し、翌日、困惑した原告が来店のうえ中村課長代理のアドバイスで、富士通株式、不動建設株式、ニコニコ堂株式等を処分してこれに対処した。

20  原告は、追加保証金の支払義務が発生するなどの重大事の際に乙山に連絡が取れなかったため、立腹し、平成七年三月一九日(日曜日)の午前中に自宅から自転車で一〇分位の距離にある乙山宅を訪ね、乙山宅前の路上で乙山に対し、株価下落や損失につき苦情を述べた。

21  乙山は、右原告の来訪の件を上司の添田課長に報告し、平成七年三月二三日の午前中に、添田課長と共に、原告の自宅を訪問した。

原告は、過去に他の証券会社で取引をしていた際には、勧められて買った株式等が値下がりした場合には、転換社債等の提供を受けた経験があったため、右の際も、添田課長らに対し、転換社債や公募株があったら回して欲しい旨希望を述べ、また、全教研株式については無断売買であるなどと述べたところ(無断売買の主張は、これが初めてであり、全教研株式以外の取引についての無断売買の主張は、本訴提起後に初めて主張されたものである。)、乙山は、無断売買の事実を否定し、添田課長は、損失補填は法律で禁止されているのでできない、休日に社員の自宅に行くのは止めて支店に来てほしい、信用取引の建玉は手仕舞いし、現物取引の株式についても、保護預り中の本券を引き出し、他の証券会社で取引してはどうかなどと述べ、原告に株式のみの売買取引計算書(甲四七四)を渡した。

22  原告は、その後、平成七年四月三日付(乙二〇の一)及び同月八日付(乙二一の一)で乙山宛の手紙を被告福岡支店に郵送した。

右手紙には、これまでの乙山の株式の勧誘方法についての問題点の指摘や、原告が被った損害の回復のためのプランにつき文書での回答を求める内容等が記載されていた。

23  添田課長は、平成七年四月一〇日午後二時半頃、事前の連絡なくして、一人で原告の自宅を訪問した。

添田課長は、その際、語気鋭い口調で、社員の自宅を訪問して脅迫したり、社員に文書で回答を求めることを止めるよう申し入れると共に、損失補填は刑事罰で禁止されているのでできない旨回答し、あらためて前回訪問時と同様、信用取引の決済と現物取引についての株券の取寄せを勧めた。また、添田課長は、原告から、「乙山に、逆日歩だから反騰間違いなしと言われたり、大丈夫だと言われたから買った。」旨不平を言われると、「逆日歩に買いなしという格言がある。」とか「駄目だと言ったら客は買わない。」などと半ば嘲笑気味に答えた。

24  原告は、平成七年四月一四日、乙山や添田課長に対する苦情を書いた手紙(乙二二、二三)を被告福岡支店に持参した。

25  乙山は、平成七年四月か五月頃、原告の依頼を受けた福岡第一法律事務所の諌山博弁護士(の担当事務員)から、「法律事務所に来てほしい」旨の電話があったので、総務課の浜田次長に相談したところ、行かないように指示を受けた。

原告は、同年五月一九日、浜田次長に会い、同人から、「弁護士が介入すると面倒になるので、自分の方で相談に乗りたい。」旨の話を聞き、結局、諌山弁護士に対する依頼を断り、同月二四日に、同月二三日付の同弁護士の辞任届が被告福岡支店に郵送された。

26  乙山は、平成七年六月一日、被告福岡支店から本社に転勤し、原告を含め、乙山が担当していた顧客のほとんどは、被告高崎支店から転勤してきた丙田が引き継ぐことになったが、その時点における原告の保有株式は、現物取引のホームワイド株式(別表1の129)、オザキ軽化学株式(別表1の151)だけであり、信用取引の建玉はなかった。

27  原告は、平成七年六月六日、被告福岡支店へ来店し、かつて乙山が原告に渡した前記手書きの報告書(甲四五九)を浜田次長に見せ、そこに記載された内容が違っていることを指摘するとともに、同日付のメモ(乙二四。乙山に対する苦情が書かれている。)を渡した。

原告は、同月一四日、浜田次長宛に乙山に対する苦情が書かれた内容証明郵便(乙二五)を送付し、また同月二一日には、福岡支店に来店して同様に乙山に対する苦情が書かれたメモ(乙二六)を渡した。

28  丙田は、浜田次長から、原告が公募株等を希望しているので、配慮してやってほしい旨聞かされていたことから、平成七年七月四日頃、原告に対し、商工ファンドの公募株の買付けを勧誘し、原告がこれを買い付けて(別表1の153)、原告との取引が開始された。

原告のその後における取引経過は、別表1に記載されているとおりであり、株式(現物のみ)や投資信託の売買がされた。

29  原告は、その後も、乙山や添田課長、あるいは浜田次長宛に、乙山が担当した取引についての苦情などを書いた手紙やメモ(乙二七ないし三〇)を持参して、福岡支店に来店することが何度かあった。

30  原告は、同年八月二三日付で、売買取引計算書と入出金明細書の交付申請をしたので(乙三七)、浜田(とその部下)がこれを作成し(乙三八ないし四〇)、原告に交付した。

31  原告は、平成七年九月中旬頃、日本証券業協会の苦情処理相談室に相談し、その後も平成七年一二月中旬頃まで、乙山に対する苦情などを書いた手紙やメモ(乙三一ないし三四、三五の一ないし五、甲四七〇、四七二)を福岡支店に持参したり、郵送したりしており、これらに対しては浜田次長が対応した。(浜田次長は、原告が一〇月二七日午前一〇時三五分頃に来店した際、「今後は一切何も言わないので、取引について浜田次長もバックアップして下さい」と述べた旨証言しているが、その後の原告の対応に照らすと、原告が右のとおり発言するとは考えられず(多少ニュアンスの違う発言であれば考えられる。)、反対趣旨の原告本人の供述に照らして信用できない。)

32  原告の信用取引口座は、平成七年一二月二五日に閉鎖された。

33  原告は、平成八年一月八日午後一時三〇分頃、以前から本件の問題について相談していた原告訴訟代理人弁護士の事務所を訪れ、乙山や添田課長の行為の問題性についての解決の依頼をした。

原告訴訟代理人弁護士は、その際、今後被告との取引を止めることが事件受任の条件である旨原告に述べたところ、原告がこれを承諾したため、原告訴訟代理人弁護士も受任を伝えた。なお、委任状の徴求や着手金の授受は、右の際されていない。

34  原告は、平成八年一月八日午後六時頃、丙田から自宅への電話で、ベンチャーリンク株式を新たな資金を出して買い付けるよう勧誘を受けたが、新たな資金を出して購入することに消極的な態度を示していたところ、丙田は、三井松島産業株式を売却して購入代金に充てることを提案した。

丙田は、同月九日午前八時三〇分頃、ベンチャーリンク株式の買付注文と三井松島産業株式八〇〇〇株の売却注文を執行した。

原告は、同月九日午前八時四五分頃、丙田に電話をかけ、右ベンチャーリンク株式の買付けはしない旨伝えたところ、丙田は、さらに買付けを強く勧めた。

丙田は、同日午前九時五分頃、三井松島産業株式四〇〇〇株についても売却注文を執行し、同日午後七時頃、原告の自宅に電話をして、ベンチャーリンク株式の買付け(別表1の181)と三井松島産業株式の売付け(別表1の179及び180)について「出来通知」をし、あわせてベンチャーリンクについて業績の下方修正が行われたので、株価が下がるかもしれない旨伝えたところ、原告は、ベンチャーリンク株式買付けの取引約定の事実を否定した。

原告は、同月一〇日午前八時三五分頃、丙田に電話をかけ、弁護士に解決を依頼していることを伝えると共に、再度ベンチャーリンク株式買付けの事実を否定し、さらに被告福岡支店に赴いて八木営業課長にもその旨伝えたが、被告側は無断売買の事実を認めず、話は平行線のままであった。

35  原告は、以後全く被告福岡支店との取引をしておらず、預託株券等についても処分し、平成八年四月二六日、本件訴訟を提起した。なお、原告は、被告から再三にわたり、右ベンチャーリンク株式の買付けと三井松島産業株式の売付けについて、約定が間違いない旨の回答書を提出するよう求められたが、これを提出していない。

二  本件取引の違法性について

1  信用取引の違法勧誘、適合性原則違反、説明義務違反の主張(原告の主張(1)①、②)について

およそ証券取引は、本来的に危険を伴う取引であって、投資家が自己の判断と責任において行うべきものである(自己責任の原則)が、証券市況に影響を及ぼす高度に技術化した情報が証券会社等に偏在する一方で、大衆投資家の多数が証券市場に参入している状況下においては、証券取引の専門家として証券会社の助言等を信頼して証券取引を行う投資家の保護が図られるべきである。原告指摘にかかる証券取引法その他の投資者保護法制も、右と同趣旨のものと理解される。

もとより、これらの法制は、公法上の取締法規ないしは営業準則としての性質を持つにすぎないものであって、これらの定めに違反した証券会社の顧客に対する投資勧誘等が私法上も直ちに違法となって、債務不履行又は不法行為を構成するものでないことはいうまでもないけれども、右の証券取引の特質や特殊性に鑑みると、証券会社又はその使用人は、投資家に対して、虚偽の情報又は断定的情報等を提供するなどして投資家が当該取引に伴う危険性について正しい認識を形成することを妨げるようなことを回避すべく、また、投資家の投資目的、財産状態及び投資経験等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなどして、社会的に相当性を欠く手段又は方法によって不当に当該取引への投資を勧誘することを回避すべき注意義務があるものというべきであり、証券会社又はその使用人がこれに違反したときは、当該取引の一般的な危険性の程度及びその周知度、投資家の職業、年齢、財産状態及び投資経験、その他の当該取引がされた特定の具体的状況のいかんによっては、私法上も違法となるものというべきであり、右証券会社又はその使用人は、このような違法な投資勧誘に応じて証券取引をして損害を被った投資家に対しては、債務不履行又は不法行為による損害賠償の責任を免れないものと解するのが相当である。

本件についてみると、前記認定事実によれば、原告は、大学卒業後、長年高校の教師を勤めた経験を有している人物であり、相当額の資産を有しており、堅実なものとはいえ長年の株式投資等の経験を有していたこと、乙山ないしその上司は、信用取引の仕組み、ルール、危険性の概略が記載された「信用取引のしおり」や「信用取引説明書」を原告に交付して説明していることが認められ、右事実及び前記認定事実によれば、乙山が相当強引に勧誘した事実は認められるものの、原告が信用取引に適合しない者であったとか、乙山が違法な勧誘を行ったとか、説明義務に違反したとまで認めることは困難であるというべきである。なお、右はあくまで一般的な信用取引に関する判断であって、後に判断する、大量かつ頻繁に売買が行われるいわゆる過当売買の場合は別論である。

原告本人は、乙山が自分の持ち株リストを示し、「原告にだけは損はさせない。」などと述べて信用取引の勧誘をした旨供述をしているが、乙山は、右リストを示したこと自体は認めながらも、時期は信用取引の勧誘の際ではないし、違法な勧誘はしていない旨証言しているのであって、右証言に照らすと、原告本人の右供述は直ちに信用できない。

従って、原告の主張は採用できない。

2  信用取引の違法な継続勧誘の主張(原告の主張(1)③)について

前記認定事実によれば、原告が、数度にわたり信用取引の中止を申し入れていることは原告主張のとおりであるが、その後の乙山による信用取引の再開の勧誘自体については、格別違法であることを窺わせる事情はないこと、原告は、その後も長期間にわたり信用取引を継続していることが認められ、これらの事実に、原告が通常の判断能力を有する投資家であること併せ考慮すると、原告が信用取引の中止を申し入れた後の乙山の信用取引も不適切とはいえても違法とまで認めることはできない。

3  利益保証ないし断定的判断の提供、不合理な推奨の主張(原告の主張(1)④)について

原告主張の全教研、ニコニコ堂、不動建設の株式買付けの乙山の勧誘文言については、前記認定のとおりであり、いずれも「絶対に上がる」という言葉を出したか否かは別としても、「確実に値上がりする株式」という話をして売り込んだ勧誘であることは明らかであり、しかも右提供情報は、いずれも顧客独自で判断する余地の少ない特別の情報(「取引銀行三行が買いにくる。」、「ニコニコ会のメンバーが近く買うことになっている。」、「逆日歩がついたので、急反騰の兆しあり。」)とされるものであるから、顧客には被告が値上がりを保証する確実な銘柄と受け取られるものであって、しかも全教研とニコニコ堂については、被告が主幹事会社であることも述べて勧誘しているのであるから、乙山による「断定的判断の提供」による勧誘があったというべきである。

被告は、乙山の個人的な意見を具申したにすぎない旨主張しているが、前記で説示したとおり、情報が一方的に証券会社に偏在している現状に鑑みると、右のような勧誘方法は、違法であると認めるのが相当である(乙山は、前記情報を「噂」として述べたにすぎない旨証言しているが、右証言は原告本人尋問の結果に照らして俄に信用できないうえ、仮に、そのように述べたとしても、値上がりに直結する特別な内部情報と受け取られるものであって(いずれにしても、乙山としては、株式を購入させる材料として、右のような勧誘をしているのは明らかであるから、そのような話の流れの中で、「噂」として情報を伝えることは、場合によっては、その情報に、より一層の秘密性を持たせ、かえって信頼できる情報であると受け取られる危険性もある。)、違法勧誘であるとする前記認定を覆すものではない。)。

なお、原告は、右以外にも、五洋建設ほかの銘柄について、乙山が「大丈夫です。」とか「上がります。」と勧誘した旨供述しているが、右文言はいずれも具体性を伴わない抽象的なもので、一種のキャッチセールスの類とみられる余地のあるものであるから、原告の投資経験からしても、この程度の文言で、投資判断を誤るとも考えられず、仮に、右のような発言があったとしても、「断定的判断の提供」とまでは認められない。

従って、前記三銘柄の勧誘に限り違法である。

4  無断売買ないし事後承諾の押付けの主張(原告の主張(1)⑤)について

原告は、海外旅行中の売買、乙山作成の報告書(甲四六〇)に記載のない四つの投資信託に関連する売買及び全教研株式の買付けに関連する売買に関し、多数の無断売買あるいは事後承諾の押付けを主張し、原告本人はこれに添う供述をしている。

しかしながら、前記認定事実によれば、右の売買についても、すべての個別の取引報告書や月次報告書が原告に送付されており、各書類の売買の日時を確認すれば売買の内容は一見して明らかであるはずであるのに、原告は異議なき旨の回答書を返送していること、本件訴訟に至るまで全教研の売買以外の売買については無断である旨の主張をしておらず、全教研の売買についても売買時から半年以上は無断である旨の主張をしていないことが認められ、これらの事実に、前記の原告の経歴や投資経験を考え併せると、原告本人の前記供述は、反対趣旨の証人乙山俊の証言に照らして俄に信用できず、他に、右無断売買を認めるに足りる的確な証拠はない。かえって、右事実によれば、原告の承諾を得てされたものと認めるのが相当である。

もっとも、前記認定事実によれば、原告はことさら投機売買を行っていたわけではないのであるから、わずかな海外旅行の期間中に株式取引をする必要性はないのではないかという疑念が生じるところではあり、右の点は、本件取引がほとんど乙山の主導の下に行われ、事実上の一任売買の形式でされていたことの一つの証左にはなりうるものと解される。

5  取引の損益状況等についての虚偽の報告の主張(原告の主張(1)⑥)について

前記認定のとおり、乙山は、二度にわたり、内容虚偽の手書きの売買報告書を作成して原告に交付している。

乙山は、右報告書は、間違いがありうる非公式の書面であることの念を押して交付したものである旨証言している。しかしながら、原告がこのような報告書を希望する動機は、まさにそれまでの間の正確な投資状況(損益の状況)を把握するためであることは論を待たないから、不正確なものであってはなんらの意味はないことは明らかであり、その点で乙山の前記証言は信用できず、右のような状況の下で、たとえ故意ではないにせよ(もっとも、後の報告書(甲四五九)についていえば、あまりに実際の損失と記載数字が異なっていることからすると、原告の投資判断を誤らせるため、故意に作成したものと強く疑われる。)、十分な調査もせずに不正確な内容の報告書を作成・交付することは、証券取引法五〇条一項六号、健全性省令二条一項に違反するのみならず、詐欺行為にも類するもので、顧客である原告に対する関係では、債務不履行又は不法行為に該当するというべきである。

被告は、原告が右報告書の誤りを容易に発見できたと考えられるから、原告において右報告書をもらったことが新たな取引をする動機となったという関係にはない旨主張しているが、前記のとおり、原告としては、損益の状況等の詳細を把握していないからこそ、右のような報告書を要求していることは明らかであり、前記報告書の内容が原告の投資判断に影響を及ぼしているのは明白である。

6  過当取引の主張(原告の主張(1)⑦)について

(一)  前記で説示したとおり、証券取引の専門性、証券会社へ情報偏在等からすると、一般の株式投資家は、専門家である証券会社ないしその担当者からの勧誘ないし助言・指導に依存して株式投資を行うのが通例であり、取引銘柄の選定のみならず、取引頻度や取引数量の決定に当たって、証券会社ないしその担当者からの勧誘ないし助言・指導に大きな影響を受けることになりやすく、他方、証券会社は、その収益は主として証券取引の手数料に依存し、一般の投資家を相場取引に誘致することによってその収益すなわち取引手数料を得るのであるが、その取引頻度や取引数量が多ければ多いほど証券会社の収益が大きくなる関係にあるのが実情であるから、顧客を過当な取引に誘う危険が内在していることを否定することができない。

従って、証券会社が、顧客の取引口座について支配を及ぼし、顧客の信頼を濫用して、手数料稼ぎ等の自己の利益を図るために、顧客の資産、経験、知識や当該口座の性格に照らして社会的相当性を逸脱した過当な取引勧誘を行うことは、証券取引法一五七条一号、一六一条、過当取引制限省令一項、投資者本位通達一項(2)4ロ等に違反するのみならず、顧客に対する誠実義務に違反する詐欺的・背任的行為として不法行為と評価されるものというべきである。

そして、違法な過当取引であるか否かの判断要素としては、右に述べた趣旨に照らせば、①取引の数量・頻度が顧客の投資知識・経験や投資目的などに照らして過当であること(過当性の要件)、②証券会社等が取引口座を支配するかのように一連の取引を主導していたこと(口座支配の要件)、③証券会社等が顧客の信頼を濫用して自己の利益を図ったこと(悪意性の要件)の三要件を充足しているか否かにより判断するのが妥当である。

(二)  まず、過当性の要件について本件を検討する。

前記認定事実によれば、乙山を通じた本件取引は、平成四年一二月から平成七年五月までの三〇か月間に売買金額が総合計約一一億六五〇〇万円、売買回数が四三二回に及んでおり、内容が、株式のみならず、投資信託、転換社債、外国証券に及び株式銘柄・市場も多種にわたっていて、大量かつ頻回に行われている。

また、保有期間が一〇日未満の売買取引が全件数の約二三パーセント、同三〇日未満の取引が約五四パーセントであり(別表3の「証券保有期間一覧」参照)、資金回転率は年約8.8回である(別表4の「回転率計算表」参照)。

さらに、短期間の乗換え売買や売却証券の短期買戻し(別表1の7及び10の持田製薬株式の売買、別表2の2及び5ないし10の古河電気株式の売買、別表2の69ないし76の不動建設の取引など)などがみられる。

以上の事実を総合すると、売買回転率が年六回であっても、投資資金の総体が二か月に一回回転することになり、一般的な個人投資家としては冷静な投資判断が明らかに困難であると考えられるにもかかわらず、本件においては、それを上回る約8.8回に及んでいるうえ、多種の投資対象に対し、頻繁に複雑な売買がされているというのであるから、長年の投資経験を有するものの、これまでは堅実な個人投資家にすぎなかった原告にとって、過当性の要件を充足するのは明らかである。

(三)  次に、口座支配の要件についてみると、原告は、前記認定のとおり、株式等に対する情報収集・分析能力はほとんどなく、本件取引の相当割合を占めるハイリスク・ハイリターンの信用取引や短期乗換え売買等が見られる証券取引について、原告のような個人投資家が自発的ないし自主的な投資判断で実行することは到底不可能であったと認められる。

また、前記認定のとおり、原告が自ら選定した銘柄はわずか二銘柄にすぎず、その他の銘柄、単価、数量、処分時期等の選定をほとんどすべて乙山に委ねていたこと、原告が信用取引の中止を申し入れても、その後また取引が再開されたり、原告が海外旅行中にも売買が行われたり、事実上の一任売買が行われていること、断定的判断を提供したり、虚偽の内容の売買報告書を提示するなどして原告の具体的な投資判断を妨げていること、原告は、多額の損失を被るようになってからも、明確にこれに気づかず、不動建設株式の関係で、追加保証金の提供が要求されるまではほとんど抗議らしい抗議をしていないことなどの事実からすれば、本件取引は、乙山が主導して行われたのは明らかであって、口座支配の要件を充足しているというべきである。

(四)  最後に、悪意性の要件について検討するに、原告の本件取引期間中の手数料額は、原告訴訟代理人の計算によれば、合計約一五〇〇万円(現物取引分約五〇〇万円、信用取引分約一〇〇〇万円。別表5の「現物取引手数料一覧」及び別表6の「信用取引手数料等一覧」参照。なお、被告は、右金額につき、なんら反論を加えていない。)と個人投資家としては相当多額にのぼっており、証拠(証人乙山俊、原告本人)によれば、乙山は、原告との取引期間中に、営業成績が中国、四国、九州地区の同期の中で一番になり、原告に対し、「原告のお陰で営業成績がトップになりました。」と礼を述べていることが認められる。

これらの事実に加え、本件取引が過当性の要件と口座支配の要件を充足していることを併せ考慮すると、乙山は、原告の利益を犠牲にして、自己の業績を上げる目的で、原告を本件取引に誘致したと推認でき、右推認を覆すに足りる事実は認められない。

従って、本件取引は悪意性の要件も充足しているというべきである。

(五)  そうすると、乙山による本件取引は、過当取引としてその全体が違法である。

7 まとめ

以上のとおり、乙山による本件取引は、断定的判断の提供、取引の損益の状況等についての虚偽の報告、過当取引の違法があり、本件取引全体として原告に対する不法行為を構成すると認められる。

8  丙田の無断売買の主張(原告の主張(2))について

ベンチャーリンク株式の買付けとそのための三井松島工業株式の売付けに関する、原告と丙田の交渉状況の概略は前記認定のとおりであるが、売買委託の成否については、これを否定する原告本人の供述と肯定する丙田の証言が真っ向から対立しており、もとより、委託の有無についての主張立証責任は被告にあるところ、本件取引が、原告が原告訴訟代理人に対し、被告との取引を止めることを約束した直後の電話による勧誘であること、原告は、一月八日及び同月九日の二度にわたりベンチャーリンク株式の購入に少なくとも消極的な態度を示していること、原告は、遅くとも売買当日の一月九日以降一貫して売買委託の事実を否定し、以後被告と新たな取引を全くしていないことなどの前記認定にかかる事情に照らせば、丙田の前記証言は、原告の反対趣旨の供述に照らして俄に信用できず、他に委託の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。かえって、明確な委託はなかったことが窺われる。

従って、右ベンチャーリンク株式の買付けと三井松島工業株式の売付けは、いずれも原告の承諾を得ない無断売買であるというべきである。

9  違法な不当抗争による不法行為の主張(原告の主張(3))について

原告は、その後の乙山、添田課長、浜田次長等の対応が別個の不法行為を構成する旨主張している。

しかしながら、乙山の対応については、前記違法行為と一体をなすものであり、これを別個の不法行為と評価するのは相当ではないし、添田課長及び浜田次長の対応の概略は、前記認定のとおりであり、添田課長の対応には、いささか穏当を欠いた点が見受けられないではないものの、被告の従業員として、違法行為の存在を否定する乙山を擁護する立場で対応するのは基本的にはやむを得ないものであり、別個の不法行為の存在を認めるまでの証拠はないものというべきである。

従って、違法な不当抗争による不法行為を前提とする原告の慰謝料請求は理由がない。

三  被告の責任

1  前記のとおり、乙山の行為は、全体として不法行為と評価されるものというべきである。

従って、乙山は、原告に対し、民法七〇九条に基づき、原告が被った損害を賠償すべき義務を負う。

乙山は、被告の従業員であり、右不法行為は、被告の事業の執行につきされたものであるから、被告は、原告に対し、同法七一五条に基づいて、その損害を賠償する義務を負っている。

2  原告は、丙田の無断売買についても、主位的には、債務不履行又は不法行為にあたり、無断売買がなければ本訴提起時に三井松島工業株式を売却することが出来たとして、本訴提起時の三井松島工業株式の価格相当の損害賠償を請求している。しかしながら、本件全証拠によるも、本件無断売買がなかったとして、原告が三井松島工業株式を本訴提起時に売却できたとまで認めることはできないから(前記認定のとおり、原告は、別の証券会社においても証券取引をしており、右会社等を通じて本訴提起前に売却した可能性も濃厚であるといわなければならない。)、結局原告の損害を認めるに足りる的確な証拠はないことに帰し、原告の主位的請求は理由がない。

そこで、予備的請求につきみるに、無断売買による取引の効果は顧客である原告に帰属せず、原告は依然として被告に対し、三井松島工業株式の返還請求権を有しているというべきであるから、被告は、本件の三井松島工業株式一万二〇〇〇株と同種・同数の株券の返還義務を負う。

四  原告の損害と過失相殺について

1  原告の損害

乙山の本件取引によって原告が被った損害は、全取引終了時の売買純損失と考えるべきところ、本件においては、別表7記載のとおりの売買損失四四二七万二二四九円から信用取引による株式の配当金六六万四〇〇〇円(乙二の二により認める。)を控除した四三六〇万八二四九円と認めるのが相当である。

2  過失相殺

被告は、明示の過失相殺の主張をしていないが、職権で斟酌することとする。

前記で判示したとおり、もともと証券取引には何らかの危険を伴うことは常識であり、原告のような個人投資家においても、商品の性格等につき自分なりに研究し、理解したうえで取引に入るべきものであり、また取引に入った以上は、自分で財産の保全等に気を配り、取引の継続・終了についても判断すべきものである。原告は、危険性の比較的低い現物取引から取引に入ったものの、信用取引に入るうえでは、パンフレットを熟読し、あるいは詳細な説明を求めるなどして、商品の性格等について十分理解すべきであるのに、これを怠り、ハイリスク・ハイリターンの信用取引に入り、損害を被ったもので、損害の発生については原告にも過失があるというべきである。

従って、右1で認定した原告の損害額四三六〇万八二四九円から四割を減額するのが相当であり、原告が被告から賠償を受ける金額は二六一六万四九四九円(円未満切捨て)となる。

3  弁護士費用

本件の事案の内容、審理の経過、認容額等を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、原告請求にかかる二〇〇万円が相当である。

従って、被告が原告に賠償すべき額は、二八一六万四九四九円となる。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、二八一六万四九四九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成八年五月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、あわせて別紙有価証券目録記載の株券と同種・同数の株券の引渡しを求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官神山隆一)

別紙<省略>

別表<省略>

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